ブランディングとクリエイティブの重要性:広告の短期・中長期的な効果の実態

企業の経営者やマーケターは、ブランドを強くすることが将来の事業成果に繋がることを理解し、長期的なブランド構築に向けた戦略を重視しています。しかし、実際のところ多くのマーケティング施策において、短期的な視点に固執しがちな状況が見られます。

またここ数年、広告宣伝に関わるクリエイティブが似通ったものが多くなっているという声をよくお聞きします。いつも同じような表現の繰り返し… 似通ったクリエイティブは、だんだん目を向けられないものになってしまいます。

本記事では、広告におけるブランディングとクリエイティブの重要性についてご紹介していきたいと思います。

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もし、ブランディング広告を止めると1年後どうなるのか?
~広告の短期・中長期的な効果を可視化する~

短期だけでなく、中長期的な広告の売上効果も可視化し、ブランディング広告を中止した場合の将来の売上減衰を予測する方法を、事例を交えてご紹介します。

長期的なブランディングと短期的な販売促進の現状

マーケティング専門家で作家の Peter Binet(ピーター・ビネット)氏と Les Field(レス・フィールド)氏が10年以上にわたって行ってきた研究※1によると、長期的なブランディングと短期的な販売促進の最適な投資バランスは約 60%(ブランディング)/ 40%(販売促進)とあります。

ブランディング広告は、長期的にブランド力を維持・強化することによる事業成長を目的としています。そのため、ブランディング戦略の効果は数年単位で測定されます。一方、販売促進は直接的かつ短期的な行動を促すことが目的で、その効果は数日間から数週間、場合によっては数時間で測定されます。

ビネット氏とフィールド氏は、「2010年代は、多くの広告主がこの60% / 40%のルールを逸脱し、短期的な販売促進の広告活動にマーケティング予算を寄せてきた10年だった」と述べています。

長期的なブランド構築をある意味で犠牲にして、短期主義を助長した要因は2つあると考えられます。

1つ目は、広告のデジタル化です。
2010年代以降、Facebook、Instagram、Twitter、TikTok などのオンライン広告プラットフォームが登場し、急速に普及しました。デジタルメディアはインプレッション、クリック、コンバージョンなどの効果が見やすいことから、多くの広告主が広告宣伝費をデジタルメディアに投じるようになりました。

2つ目は、デジタル(オンライン広告)に閉じたアトリビューションモデルの活用です。
オンライン広告はユーザー行動ログデータを基盤に即効的な効果が確認できることから、多くのマーケターは短期的な効果を得るために継続的に最適化を行ってきました。企業にとっても、マーケティング活動の価値を証明しなければならいプレッシャーがあるため、効果が測定やすいデジタルメディアを中心としたアトリビューションモデルに焦点が絞られる傾向にありました。
(アトリビューション分析について詳しく知りたい方は、是非こちらのコラムもご覧ください)

広告クリエイティブへの影響とブランディングへのリスク

短期的な結果を重視することは、クリエイティブ制作にも影響を与えることが考えられます。短期間に効果を出すことに集中すると、情緒的で感情的な反応をもたらすクリエイティブの優先順位が下がり、価格重視や合理的なメッセージで即効的な反応を訴求するクリエイティブが優先されることがよくあります。

合理的なメッセージを使ったクリエイティブは、短期的に最も成果が出るかもしれませんが、CVや購入後にはターゲットとなる消費者にすぐに忘れられてしまうため、残存効果やブランド認知への影響が小さい傾向にあります。

一方で、感情的な反応をもたらすクリエイティブの場合、短期的な成果は見られないかも知れませんが、繰り返し接触することにより、ブランドに対する愛着や思い入れが蓄積され、長期的な成果向上が期待できます。

長期的に見た「販売促進(獲得型広告)」と「ブランディング広告」の効果

上記の図※2のように、販売促進(獲得型広告)では一次的に成果は急上昇するものの、長期的な蓄積効果は最小限にとどまります。

広告キャンペーンを6か月未満の期間で評価した場合は、合理的なメッセージを持った販売促進(獲得型広告)の方が効果的であることがわかります。一方、6か月以降の長期間で評価した場合は、ブランディング広告が成果に与えている長期的な蓄積効果が見えるようになります。

この結果からも、ブランド構築の重要性と、そこに対して継続的に投資することの必要性がわかります。

グローバルブランドの戦略変更事例

特にここ数年は新型コロナウイルスの影響により、多くの企業がROIに対してシビアとなり、短期的な売上を促進しがちです。しかし、ブランド構築がもたらす長期的な事業成果を犠牲にしてまで、短期的な販売促進に過剰な投資をする必要はありません。

グローバルでは、このことに気付き、戦略を変更しているブランドがいくつか出てきています。

GAP社の2019年第3四半期決算説明会で、CFOがブランディングとは対照的に、Old Navyのディスカウント主体のマーケティングに依存しすぎていたと述べました。

また、いわゆるデジタルネイティブ企業の中でも、Airbnb社が2021年第1四半期を通してマーケティング予算を28%(約250億円相当)削減しました。これは主に、販売促進系のマーケティングへの投資を大幅に削減し、ブランド構築とPR活動への注力を強化したと述べています。このような戦略変更を反映し、Airbnbは2021年の2月に米国や欧州を中心に「Made Possible by Hosts」と題した大規模なブランディングキャンペーンをテレビ媒体などで、開始しました。

まとめ

最終的には、ブランドに対して愛着や思い入れをおこすクリエイティブキャンペーンと、迅速な効果をもたらす販売促進の相乗効果が鍵となりますが、課題はこの両方にまたがる投資の理想的なバランスを見つけることです。

しかし、ブランド構築のための予算を確保するのは容易ではありません。ブランド構築を目標とした広告施策が事業成果に対する貢献度を示す、明確な指標や評価基準を設定する必要があります。

中長期的なブランド価値(ブランド・エクイティ)を含む、サイカ独自のマーケティング・ミックス・モデリング(MMM)分析サービス「MAGELLAN(マゼラン)」で可視化できます。あらゆるマーケティング施策が事業成果に対する貢献値を短期・中長期的に評価する他、目標(例:売上やCV数などの達成)や条件(例:特定施策の予算が固定)に応じた最適な予算配分のシミュレーション機能も搭載しています。MAGELLANの詳はこちらをご覧ください。

※1)Les Binet & Peter Field (2017). Media in Focus: Marketing effectiveness in the digital era
※2)Les Binet & Peter Field (2013). The Long and the Short of It: Balancing: Balancing Short and Long-Term Marketing Strategies
IPA Databank(1980年~2010年の間、996広告キャンペーンを対象にした調査 )

愛される企業の条件は「言行一致」と「本音」。企業と消費者の垣根がなくなる時代に求められるブランディングのあり方とは。

個人情報保護強化の潮流が高まりをみせている。
「このテーマは“サードパーティークッキーの廃止”など、情報取得の手法論的な側面から語られることが多いが、企業と消費者のコミュニケーションの変容という側面にも目を向ける必要がある」と語るのは、クリエイティブ・ディレクターの川村真司氏。

世界的な変化の潮流の中で、企業は市場に対して自分たちをどんな存在として見せ、どのようなコミュニケーションをとっていくべきなのか。

クリエイティブ・スタジオ、Whateverでブランドコミュニケーションに携わる川村真司さん、藤原愼哉さんを招いて、今後企業に求められるブランディングのあり方を聞く。

POINT

  • ブランドに「言行一致」がより求められるように
  • 企業も「自分たちも消費者の一人」という意識を持ち、人対人の本音のコミュニケーションを
  • 消費者とのすべての接点が、ブランドイメージにつながる
  • 「誰をどう楽しませたいか」「誰にどう役に立ちたいか」という、自社の存在価値を見直す
Whatever Creative Director COO 川村真司氏

Creative Director / CCO
川村 真司(かわむら・まさし)


Whateverのチーフクリエイティブオフィサー。180 Amsterdam、BBH New York、Wieden & Kennedy New Yorkといった世界各国のクリエイティブエージェンシーでクリエイティブディレクターを歴任。2011年PARTYを設立し、New York及びTaipeiの代表を務めた後、2018年新たにWhateverをスタート。数々のブランドキャンペーンを始め、テレビ番組開発、ミュージックビデオの演出など活動は多岐に渡る。カンヌをはじめ世界で100以上の賞を受賞し、Creativity「世界のクリエイター50人」、Fast Company「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」、AERA「日本を突破する100人」に選出。

Whatever Planner Creative Director 藤原愼哉氏

Planner / Creative Director
藤原 愼哉(ふじわら・しんや)


1979 年京都生まれ。2014 年 dot by dot inc. 設立に参加。クライアントパートナーとして、課題抽出から戦略立案、企画プランニングからクリエイティブディレクションまで、深く広い範囲に携わる。また領域は広告マーケティングに限らず、ブランディング、サービス・プロダクト開発など、組織コミュニケーションの環境変化を捉えながら、手法やメディアにとらわれず、課題に対して効果が見込める企画提案を信条としている。永く引き継がれてきたものから、新しく面白いものまで、創作活動で生みだされる幅広いモノコトへの興味が深く、情報を早くたくさん集めることが趣味。

求められる、脱「ビッグ・ブラザー感」

── 個人情報保護の潮流について、どのように捉えていますか。

川村 真司(以下、川村)  個人情報保護に関しては、日本よりも先に欧米で多くの議論がなされてきました。マーケティングやブランドコミュニケーションにおいて、ターゲティングアドといったメディアの話もあれば、Facebook Connectなどを通して情報を提供してもらい、一人ひとりにカスタマイズされたコンテンツを体験できるようなプロモーションなどが、昔は普通に行われていました。それがすべて悪いわけではなく、実際に情報を受け取りたい人に情報を届けたり、よりブランドを好きになってくれるような体験を作れていたとも思います。

しかし個人情報の扱いについて議論が始まると、欧米ではそのようなコンテンツを「ビッグ・ブラザー感が匂うコンテンツ」と表現して、避けるようになっていきました。ビッグ・ブラザーとは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する架空の人物の名前で、常に人々を常に監視する巨大企業や国の比喩として用いられる表現です。個人情報保護の問題提起が大々的にされる前から、GAFAなど欧米の企業は、その匂いを感じないコンテンツやコミュニケーションプランを求めていました。

個人情報保護の潮流は、企業が個人情報を取得しやすくなったことで生じてきた問題意識ですが、一方で、SNSなどの普及によって消費者側も企業の情報を取得しやすくなっています。そうした背景のなかで、情報の扱い方を含めた企業の姿勢や、ブランドコミュニケーションに求められることも変わってきていると感じています。

Whatever川村真司氏

愛される企業の必要条件は「言行一致」

── どのような変化を感じられているんですか?

川村 当たり前のことにも聞こえますが、外に発しているメッセージと企業の中身の「言行一致」が、これまで以上に求められるようになってきていると思います。例えば、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を掲げている企業の経営陣が全員壮年以上の男性であったりすると、すぐにSNSで批判の的になる。背伸びしてコミュニケーションしているのがバレてしまい、結果マイナスの印象を持たれるような事例が、色々なところで生じています。

本来は中身となる事実があって初めて、外に向けて発信していくというのが自然な順番のはず。外側を整えることに注力するのではなく、内側も含め、会社自体を見直すという当たり前のことに向きあうことが、これまで以上に重要になっています。

藤原 愼哉(以下、藤原)  デジタルやソーシャルメディアの普及とともに、「企業の言うこと自体、あまり信頼性がない」と思われている時期があったと思います。きれいな言葉で語ったコピー、タレントさんを使った一方的な発信だけでは、消費者に深く刺さらなくなってきた。その経験を経てコミュニケーションに携わる方々は「自分たちも消費者の一人だ」という振り返りをして、人対人の、本音のコミュニケーションを取るようになってきました。企業のYouTubeチャンネルや公式Twitterの「中の人」なんかが増えてきたのも、自分たちの生の声を伝えて、消費者と本来的な深いコミュニケーションを取ろうとした結果だと思います。

消費者も、企業の言行一致と本音をよく見ています。消費者に愛され成長を続けている企業は、広告で発しているメッセージと事業に一貫性があり、嘘のないコミュニケーションを取っていると思います。

Whatever藤原愼哉氏

川村 ​そうした企業の例として最初に思いつくのは「NIKE」です。「JUST DO IT」というタグラインを掲げ、アスリートに寄り添い続ける企業の姿勢は、みなさんもご存知のはず。ブラック・ライブズ・マター(*1)の際もそうでしたが、炎上のリスクが伴うとしても、「自分たちの原点の思いに立ち返れば、やるべきだ」と判断する強さが、NIKEにはあります。その結果、一部からは批判されたとしても、全世界でファンを増やす結果になりました。

(*1) ブラック・ライブズ・マター:アフリカ系アメリカ人のコミュニティに端を発した、黒人に対する人種差別の撤廃を訴える運動。ナイキは「Don’t do it」で始まる、黒人差別撤廃を訴えるCMを公開した。

同じくスニーカーを扱う「Allbirds」も素晴らしい企業事例の一つです。エコフレンドリーな経営を掲げ、スニーカーはオーガニック素材のみから作っている。さらに、毎年のように改善を加え、履き心地もよく、地球にとっても優しい素材を追求し続けています。また、製造工程で出る温室効果ガスの排出量も公開し、「10年後に排出量ゼロ」を宣言する徹底ぶり。

両社とも、発するメッセージと行動が一貫し続けていることで、多くの人が信頼しやすく、安心して愛せるブランドとなっています。

藤原 もう一つの大きな変化は、ブランディングの範囲が広がったということでしょうか。社内におけるガバナンスや会社規定など企業の根幹になる部分もブランディングの一部として捉え、見直そうとする企業が増えていると感じます。

川村 Whateverで一番多くご相談いただくのは、広告など具体的なコンテンツのご依頼です。しかし、深く話を聞いていくうちに、より根本的な課題に辿り着くことがあるんです。企業の土台となるメッセージの策定やチーム編成、社内ブランディング、カルチャー醸成など、企業の根幹にある活動に対して、コミュニケーションという観点からアイディアを求められることが増えました。

Whatever川村真司氏

企業の存在価値を見直し「Fun or Useful」に伝える

── ブランディングのあり方の変化に企業が対応するためには、どんなことが必要でしょうか。

川村 まずは、消費者とのすべての接点が、ブランドのイメージにつながっているという認識を持つことが大切だと思います。いまや「カスタマーセンターの電話対応が良かった」という投稿がSNSでシェアされ、ブランドイメージが上がったりするような時代です。失敗するリスクが高まったと捉えるのではなく、ポテンシャルが広がったと捉えて、できるところから改善していくのが良いと思います。

藤原 そういう意味で、まずはいちばん身近な社員との接点を見直してみるのがおすすめです。消費者と企業の垣根がなくなりつつあるなか、会社の一番の顧客は社員のはず。社員が自社や自社商品に対して、どんな印象を持っているかが重要になってきます。

良品計画の社員の方々と話したことがあるのですが、みなさん「無印良品」の商品が大好きで、新商品の販売を誰よりも楽しみにされているんです。自社や自社製品を愛する社員のみなさんは、間違いなく気持ちの良い接客をするでしょうし、SNSで自社について発信する際も、自然と想いが乗った投稿になるでしょう。そういう嘘のないコミュニケーションこそ、自然と広がっていくものです。

ブランディングを考える際に、ターゲットにペルソナを設定するのも大事ですが、その前に、社員が自社や自社製品をポジティブに捉えられているかに目を向けてみる。そこに課題や懸念があるようなら、そこから解決していくのが大切だと考えています。

Whatever藤原愼哉氏

── 内部から信頼される企業に変えていく大切さが、よく理解できました。その一方で、外部にメッセージを発信する際には、どのようなことを意識すればよいでしょうか。

川村 外部へのコミュニケーションでは、「Fun or Useful」なメッセージを意識することが大切だと思います。

一方通行になってしまいがちな広告においても、受け取り手が「楽しい」という感情が生じるようなクリエイティブ表現をしたり、「役に立つ」情報とともに届けたりする工夫が必要。役に立つというのは、利便性だけでなく「世の中を違う視点で見れるような発見」でもいいと思います。

「Fun」も「Useful」も無理に捻出するものではありません。「誰をどう楽しませたいか」「誰にどう役に立ちたいか」という、自社の存在価値を見直すことで自然と見えてくるものだと思っています。

── 現在働いている会社の外と内に差異を感じている方が、言行一致のブランディングを目指すためには、どのような取り組みができるでしょうか。

川村 ブランディングのメッセージがブレてしまったり、中身が伴わないメッセージングがされてしまっているのは、おそらく社内政治や古い慣習が原因だと思います。これらを、短期間で抜本的に変えるのは難しいです。まずは、一つの部署や小さなプロジェクトでコミュニケーションを変えてみるチャレンジをしてみてください。そこで成果を出し、取り組みを拡げていくことが、組織全体を変えるきっかけになるはずです。

もし社内の人だけでやるのが難しい場合は、社外を巻き込むと良いでしょう。外部要因が入ることで、社内事情に影響を受けない客観的な目線を入れられるし、普段とは違う取り組みをする言い訳もできます。外部の視点を入れて化学反応を起こしながら、本質的なブランディングを目指していくというのも、一つの手だと思っています。

[インタビュー・文] 佐藤史紹 
[企画・編集] 川畑夕子(XICA)

【ゼロから始めるデータ分析#2】データ分析初心者が覚えておくべき3つの分析手法

これまでデータ分析を学んだことがない方に向けて、データ分析の基礎知識を解説していく本連載。

第1回では、データ分析の基本となる8ステップを解説しました。
【ゼロから始めるデータ分析#1】データ分析初心者初学者がまず知るべき「分析の8ステップ」

分析の8ステップ
↑ 初心者がまず意識したい、データ分析基本の8ステップ

第2回となる今回は、このうちの「Step5:分析」に焦点をあて、データ分析初心者が覚えておきたい3つの分析手法を紹介します。

分析の8ステップ「Step5:分析」
本記事では、「Step5:分析」の中で、よく使われる&比較的簡単な3つの分析手法を紹介します

↓ 「ゼロから始めるデータ分析」記事一覧はこちら ↓

#1 初学者がまず知るべき「分析の8ステップ」
#2 データ分析初心者が覚えておくべき3つの分析手法
#3 データ分析初心者が知っておきたい、経営層を巻き込むコミュニケーションのポイント
#4 データ分析初心者が知っておきたい、経営層がデータ分析と分析担当者に求めるもの
#5 データ分析初心者でも経営と組織を巻き込める、現場担当者のための4つのTips

ビジネスで使える、3つの分析手法

ビジネスパーソンがなぜデータ分析をするのか? と聞くと、
「売上につながる要因を特定したい」「投資効果を数値で確認したい」
といった思いが背景にあることがほとんどだと思います。

これらはいずれも、売上とそれぞれの要因、 投資額とその効果というように「データとデータの結びつきの強さを数値化・可視化したい」という要望であると言い換えられます。

データ分析(統計分析)は、このようにデータとデータの結びつきの強さから影響度合いを数値化・可視化することを得意とします。

データ分析の手法は数多くありますが、今回は、データ分析初心者が覚えておいて損はない、比較的簡単な「クロス集計」「単回帰分析」「重回帰分析」の3つの分析手法について紹介していきます。

データ分析の基本「クロス集計」

仮説に合わせて、さまざまな切り口でデータを掛け合わせ、分析する手法が「クロス集計」です。

クロス集計は、特別な統計知識も、難しい数式も、特殊な解析ソフトも必要なく、初心者の方でも明日から取り組んでいただける分析手法です。しかし、その分かりやすさとは裏腹に、データ分析の領域で「クロス集計を制する者がデータ分析を制す」という言葉があるほど重要な、データ分析の基本となる分析手法です。

(e.g.)アイスメーカーが女性向けキャンペーンの実施を決定。キャンペーンの対象商品を決めるためにデータ分析を試みた

キャンペーンの対象商品として候補に挙がっているバニラアイスとストロベリーアイスの売上データを比較してみると、バニラアイスがストロベリーアイスの2倍の売上を占めています。このデータだけを見たら、バニラアイスをキャンペーンの対象商品にしようと思うかもしれません。

商品ごとの売上データ

ですが、今回はターゲットを女性にしぼったキャンペーンです。そこで、性別ごとの売上データを見てみると、女性よりも男性のほうが購買数が多いことが分かります。

購入者の性別ごとの売上データ

そこで、購入者の性別ごとに売上データを見てみましょう。すると、バニラアイスの購入者の9割は男性で、一方のストロベリーアイスは、購入者の8割が女性でした。この結果を受け、 今回の女性向けキャンペーンの対象商品はストロベリーアイスに決定しました。

購入者の性別と商品の売上をかけ合わせてクロス集計

クロス集計はこのように、データをタグ(性別・年齢・嗜好など)で分類し、それらを掛け合わせて行う分析です。

1対1の関係性の強さを導き出す「単回帰分析」

 “身長”と“体重”、 “最寄り駅からの距離”と“賃貸住宅の家賃”のように、仮説の時点で関係性が強いと予想される2つのデータの関係性の強さを導き出す分析手法が「単回帰分析」です。

一般的には、単回帰分析を行う前に、データとデータの相関の強さを表す「相関係数」を算出し、相関関係の有無を確認するところから始めます。相関係数はエクセルの標準数式を使って算出することができ、−1(完全な負の相関)から+1(完全な正の相関)の間の数値になります。

相関関係の有無を説明した図

相関関係の有無は、相関係数の数値によって以下のように判断します。

相関係数の判断基準

2つのデータの相関関係は、比例もしくは反比例の関係にあるので、分析のアウトプットとしては、「一方が大きくなるともう一方も大きくなる」「一方が大きくなると他方が小さくなる」「相関なし」のいずれかになります。

「相関」というのは単なる関係性の有無なので、2つのデータの間に原因→結果があるかないかは関係ありません。一方の「単回帰分析」は、片方のデータが1増えるともう片方のデータがどのくらい増えるかといった、2つのデータの原因と結果の関係を求めるものです。

2つのデータの相関の規則性を視覚的に確認するためには、「散布図」というグラフを使います。データが該当するところにプロット(打点)していき、これらの点の傾向を表す傾向線を引くと、線の傾きの大きさで、2つのデータの関係(xが1増えると、yはどのくらい増えるか)を可視化できます。

散布図のイメージ

また、2つのデータの関係を数値化したものを「回帰係数」といいます。

単回帰分析を説明する図

Point)単回帰分析は、売上予測には向かない

ビジネスの現場で、1つの要因と1つの成果のみが存在する状況はほとんどありません。たとえば、テレビCMがどのくらい売上に影響を与えたかを知りたいときに、テレビCMの出稿量と売上高のデータを使って単回帰分析をしても、精度の高い予測は見込めません。実際は、新聞広告やインターネット広告など、ほかの広告施策、立地や天候、値下げセールなど、さまざまな条件が売上に影響を与えているからです。売上予測には、次項で紹介する重回帰分析を使うことをおすすめします。

複数の要素の関係性を見出す「重回帰分析」

「重回帰分析」は「単回帰分析」と同じく、成果と要因の関係性を導き出す「回帰分析」の仲間です。単回帰分析が2つのデータの相関関係を探るのに対し、重回帰分析は3つ以上データの相関関係を導き出します

ビジネスの現場では、
「売上目標を達成するためには、広告宣伝費にいくらかけるべきか」
「施策Aと施策B、それぞれどのくらいの効果が見込めるか」
「今期の予算をどう配分すると、マーケティング成果を最大化できるか」
というように、複数の要因を統合的に分析した上でアクションを検討すべき場面が多くあります。

重回帰分析は、こういった売上予測やマーケティング戦略の策定などに活用できる、マーケティング分野では必須ともいえる分析手法。 成果に影響を与えていると予想される3つ以上の要因(=説明変数)を、成果(=目的変数)に掛け合わせ、それぞれの相関関係のあり・なし、関係性の強さ・弱さを導き出す分析です。

重回帰分析を説明する図

※ 標準化と標準化偏回帰係数:成果に影響を与えている要因(説明変数)は、それぞれ単位が違います。そこで、それぞれの変数を特定の値になるように調整します。このことを「標準化」といい、標準化によって求められる「標準化偏回帰係数」は、平均を0、分散を1で表し、数値間の大小で相対的に各変数の影響度合いを評価します。

(e.g.)マーケティング施策の最適な予算配分を検討するため、重回帰分析を行う

① 今回の分析で知りたいこと(何らかの施策を通じて増やしたい、もしくは減らしたいこと)を成果(目的変数)として設定します
例)最適な予算配分でマーケティング施策を実行し売上を上げたい場合は、「売上」を目的変数におきます

② 最終的な成果(目的変数)に影響を与えていそうな複数の要因(説明変数)を洗い出します(説明変数は10以内におさめます)

③ それぞれのデータを収集し、統計ソフトで分析します
※ エクセルのデータタブにある「回帰分析」ツールや、「JMP」や「SPSS」などの有料ソフトを使います

④ 算出された方程式(重回帰式といいます)に、計画している施策の予算を入れ、各施策の最適な予算を探ります

Point)重回帰分析は、説明変数同士で相関関係が強いものを入れてしまうとうまくいかない(多重共線性)

重回帰分析を行う際、分析精度を上げようと、たくさんの説明変数を入れてしまうことがあります。ですが、説明変数同士で相関関係の強いものがあると「多重共線性」という現象が起き、予測精度が低下します。多重共線性は、英語で「multicollinearity」ということから、略して「マルチコ」とも呼ばれます。

(e.g.)「コンビニの月間売上(成果)」に関係がありそうな要因として「月間の降水量」と「雨が降った日数」を説明変数に入れて重回帰分析を行った
→「月間の降水量」と「雨が降った日数」の相関関係が非常に高いため(雨が降った日数が多ければ月間降水量も増える)、多重共線性が発生する

<多重共線性が発生してしまった場合の回避方法 >

①相関関係が強い要因のうち、どちらか一方を外して再度分析する(どちらを外すか迷った場合は、仮説に沿って優先度の高い方を残す。または両方を一つずつ入れて分析してみる)
②変数同士の性質が同じ場合(たとえば、動画Aと動画Bを変数として入れたい場合など)は、両者を統合(足し算)した数値を使って分析する

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成果に繋げるデータ分析の「基本の8ステップ」
~ビジネスの現場で使えるデータ分析の押さえるべき点とは?~

データ分析をゼロから学びたい人におすすめの書籍2選

『やさしく学ぶ データ分析に必要な統計の教科書』羽山 博(著)

エクセルを活用した分析のやり方など、実践的なHOWTOを学べます。はじめてデータ分析に触れる方が、データ分析の基礎を学びたいと思ったときにおすすめの一冊です。

『統計学図鑑』栗原 伸一 ・丸山 敦史 (著)

教科書に載っているようなデータ分析手法を、噛み砕いて説明してくれています。図鑑という名のとおり絵や図が多いので、初心者でも理解しやすくなっています。分析手法の名前から逆引きもできるので、それぞれのデータ分析手法について詳しく学びたいときにもおすすめ。辞書のように手元に置いておきたい一冊です。

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おわりに

データ分析の代表的な手法を3つ紹介してきました。これらの手法を正しく活用するためには、どのような仮説を立てるかが重要です。本連載の第1回でデータ分析の一連の流れと仮説の立て方を解説しているので、そちらもぜひご覧ください。

↓ 「ゼロから始めるデータ分析」記事一覧はこちら

#1 初学者がまず知るべき「分析の8ステップ」
#2 データ分析初心者が覚えておくべき3つの分析手法
#3 データ分析初心者が知っておきたい、経営層を巻き込むコミュニケーションのポイント
#4 データ分析初心者が知っておきたい、経営層がデータ分析と分析担当者に求めるもの
#5 データ分析初心者でも経営と組織を巻き込める、現場担当者のための4つのTips

↓ ビジネスメディア『PIVOT』にて、ビジネスにデータサイエンスを活かす方法を解説しています

株式会社サイカ
ADVA Analysis部部長 西 津平

九州大学大学院工学府修了。大学院時代、原子力発電に関わる実験を通してデータ分析と統計学を学び、新卒から3年間、遊技機メーカーにて市場動向のデータ分析業務に従事。業界にとらわれずもっと広い範囲でデータ分析ができる環境を求め、2018年10月、サイカ入社。現在ADVA Analysis部の部長を務める。

インフィード広告とは:メリットとデメリット

インフィード広告とは、あらかさまに広告らしい広告ではなくSNSのタイムラインやメディアサイトで、コンテンツとコンテンツの間に通常のコンテンツと同じようなフォーマットで挿入される広告のことを指します。

インフィード広告とネイティブアドの違い

インフィード広告の事を指してネイティブアド、ネイティブ広告などと呼ぶ人もいますが、必ずしもネイティブ広告がインフィード広告とは限りません。ネイティブアドとは広告媒体の中に広告を自然と溶け込ませている広告全般のことを指し、インフィード広告はネイティブ広告の一種です。

ネイティブ広告の中には検索エンジンでの検索結果に対して広告を掲載するリスティング広告なども含まれていますが、リスティング広告をインフィード広告とは呼びません。 インフィード広告はネイティブアドの中でも、広告媒体の「コンテンツ」の中に自然と溶け込ませた広告のことを指します。

どのような媒体で使用されているのか

インフィード広告が使用されている媒体としてはSNSやメディアサイト、キュレーションアプリなどが挙げられます。これらのサイトの中にはたくさんのコンテンツがあって、ユーザーは自分の興味のあるコンテンツを探してサイト内を回遊します。

インフィード広告は回遊するコンテンツの中に自然と溶け込むように、コンテンツと同じ体裁で広告記事を紛れ込ませることによって、ユーザーを広告へ誘導します。 ちなみにサイバーエージェントの調査によれば2017年のインフィード広告の市場規模は1,903億円で、そのうち1,317億円がソーシャルメディア、499億円がニュース・ポータルサイト(アプリ含む)、87億円がその他で配信されたと推計されています。

どのような商品やサービスのマーケティングに向いているのか

インフィード広告はコンバージョンの獲得よりも比較的認知拡大の際に使用することが多い広告です。オーソドックスなインフィード広告の使用方法としては、リターゲティング広告と組み合わせてコンバージョンを獲得する方法があります。

まずインフィード広告でユーザーを広告コンテンツに誘導して、広告コンテンツで製品やサービスの特徴についてアピールし認知を向上させます。そして広告コンテンツページにリターゲティングタグを埋め込むことによってリターゲティング広告によってユーザーがコンバージョンするまで捕捉するという方法です。

このような広告の使い方から検討期間が長く、きちんと説明しなければ商品の良さが伝わらないけれども、コンバージョン獲得の為に広告費をかけられる化粧品や健康食品のような商材がインフィード広告によるマーケティングに向いていると言えます。

インフィード広告のメリットとデメリット

ではインフィード広告にはどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。まずメリットとして挙げられるのはユーザーがコンテンツをクリックし、記事を見てもらいやすいということが挙げられます。

ユーザーは広告らしい広告を意識的に避けますが、インフィード広告はコンテンツの一部のような体裁になっているので広告として警戒されません。よって通常の広告よりもクリック率が高く、多少長い広告宣伝でも記事の体裁であれば読んでもらえる可能性が高いと言われています。

一方、デメリットとして、ユーザーに広告をコンテンツの一部だと誤認させて誘導し読ませている面もあるので、ユーザーがコンテンツだと勘違いして広告をクリックして、読んでからコンテンツではなく広告だと気づいた時に、その広告の商品やサービスについてかえって悪いイメージを持たれる恐れもあります。

インフィード広告を出稿する際の注意点

インフィード広告を出稿する際の注意点として、広告だと認識されやすいクリエイティブを避ける必要があります。ディスプレイ広告やバナー広告の場合、クリックを促すために「送料無料」や「100名様限定」のようなクリエイティブにすることが多くありますが、これではユーザーが広告だと認識してしまうため、インフィード広告においてはそのようなクリエイティブは適しません。他のコンテンツに溶け込むようなクリエイティブにする必要があります。

コピーについても同様で、商品の売り込み感が強いコピーを配信してしまうと、広告記事だと認識されてクリックされにくくなるため、ユーザーの興味を惹きそうなコピーに留めて具体的な商品のアピールなどは行わない方が良いでしょう。

まとめ

インフィード広告について説明してきました。インフィード広告はネイティブアドの一種で、主にソーシャルメディアにコンテンツの一部のような体裁で配信される広告の事を指します。コンテンツの一部のように見えるのでクリック率が高く、多少長いコンテンツであっても読んでもらえる可能性が高いので、検討期間が長く商品の良さを説明しなければならない化粧品や健康食品のような商材の認知拡大には向いています。

ただし、記事と誤認させて読ませる広告でもあるので、広告とユーザーが後から気づいた時に商品やサービスのイメージが悪くなる可能性もあるので運用には注意する必要があります。

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データの一生を守るには─リテラシーを高める個人、基盤を作る企業

「個人情報」が世界的な重要テーマになっている。プライバシー保護を目的とした法規制の整備が世界的に進み、グーグルやアップルは、パーソナルデータを使うサードパーティークッキーの廃止に向けて動いている。 

この潮流のなか、個人情報を守るために、私たち一人ひとりにできることは何か。また、企業はどのようにユーザーの情報を守るのか。 

Kindle人気ランキング1位を獲得した『データマネジメントが30分でわかる本』の著者、横山翔(@yuzutas0)氏と、 『AI・データ分析プロジェクトのすべて』の著者の一人で教育系SaaS企業でデータチームを率いる伊藤徹郎(@tetsuroito)氏に、個人と企業それぞれがいま取り組むべきことを聞く。 

POINT

  • まずは、自分がどこにどんな情報を預けているかの洗い出しを
  • 個人が企業のリテラシーを高める
  • 個人情報は「人権」
  • 企業はデータの一生を管理する意識と基盤を整えるべき
横山翔氏と伊藤徹郎氏の対談
(左)横山 翔(@yuzutas0) 

合同会社風音屋(かざねや)を運営。リクルートやメルカリ、ランサーズなど多くの企業でデータ活用やDXを推進してきた。DevelopersSummitコンテンツ委員やDataEngineeringStudyモデレーターなどコミュニティ活動を通して、データ基盤について積極的に情報発信している。著書『データマネジメントが30分でわかる本』がKindle人気ランキング1位を獲得(2020年3月)。著書・寄稿に『個人開発をはじめよう!』『Software Design 2020年7月号 特集 一から学ぶログ分析』ほか。 

(右)伊藤 徹郎(@tetsuroito 

大学卒業後、大手金融関連企業にて営業、データベースマーケティングに従事。その後、コンサル・事業会社の双方の立場から、さまざまなデータ分析やサービスグロースに携わる。データ分析が注目され始めた頃から受託分析会社や事業会社でデータ分析を活用したプロジェクトを多数経験。現在は教育系SaaS企業でデータチームを率いる。その経験からWebでの連載、著書執筆、イベント主催など幅広く精力的に活動。著書・共著に『AI・データ分析プロジェクトのすべて』『データサイエンティスト養成読本 ビジネス活用編』ほか。

個人が持つべきリテラシー──「放置アカウント」をどうすべきか 

── コロナ禍でECが拡大したこともあり、企業が個人の情報を得る機会が増えています。 

横山 その結果、データマネジメントが必要な企業が増えました。たとえば、過去の購買データから「この季節にはこの商品が売れるはずだ」と予測して顧客に適切なレコメンドを提示することも、データマネジメントの一環です。 

伊藤 そうした使い方が攻めのデータマネジメントだとすると、守りのデータマネジメントもありますね。預かっている個人情報をいかに流出させることなく守り続けるか、必要に応じて削除するかも考える必要があります。現在は、何年も前に一度だけ買い物した個人のデータも、保管し続けている企業が大半だと思います。取得から保管、削除まで、データの一生を管理する活動は、データマネジメントの領域で「データライフサイクルマネジメント」と呼びます。 

── どのサイトに情報を預けているのかを忘れている個人も多そうです。たとえばそうした“放置アカウント”はどのように管理されているのでしょうか。 

横山 データベースでは、アクティブなアカウントと同じ扱いで管理されているケースが多いです。その場合、もしも流出事故などが起きた場合には、どちらも同じように被害に遭ってしまいます。 

伊藤 どんな情報が流出するかによって受ける被害は変わります。たとえば、メールマガジンへの登録のように、メールアドレスしか預けていないなら、流出したとしても迷惑メールが届くくらいですみます。でも、クレジットカード番号を預けていたら、勝手に買い物をされてしまう危険がありますし、SNSならスパムの踏み台になって知人に迷惑をかけてしまう可能性もあります。 

横山 ですから、まずは自分がどこにどんな情報を預けているかを一度洗い直すとよいと思います。もちろん、パスワードを使い回さないというのは当然のことです。覚えやすさと安全性が相容れないのはパスワードの長年の課題ですが、最近はワンタイムパスワードを使えるサービスも増えていますし、パスワード管理のツールも多くあります。 

── 各サービスに預けている情報を洗い出して、使っていないサービスからは退会すれば安心ですか。 

横山 それがそうとも言いきれません。企業にとっても個人にとっても、残しておいた方がいいケースが少なからずあるからです。家電製品がリコールされた場合や、ユーザーの健康に影響を与える問題が発生した場合などは、情報が残っていることで、販売した企業が購入した個人に知らせることができます。メッセージアプリの履歴などもそうです。 

伊藤 企業側は、警察から捜査のために個人情報を提供するよう協力を求められた場合、開示しなくてはならないこともあります。こうなってから「消してしまったのでわからない」というのは困りますよね。治療記録のようなものも、消してしまって参照できないとなると命に関わる可能性が出てきます。その一方で、一定期間以上ログインされていないアカウントは削除するといったルールを設けている企業もあります。 

── では、個人はどのようなことに気をつけたらいいでしょうか。 

伊藤 リテラシーを上げましょう、ということになります。リテラシーとは、そのデータがどんな目的で使われるのか、そして、そのサービスが不要になったときに、いったん預けた個人情報をどうすれば削除できるのかを知っていることです。 

横山 最近、サイトやアプリを使うときに許諾を求められることが増えたなと感じている方は多いと思います。そうしたときに、いま伊藤さんが言われた2点を確認するといいですね。 

伊藤氏 : そうですね。自分の個人情報を意識するシーンは今後さらに増えていくはずなので、面倒がらずに確認して欲しいです。

『AI・データ分析プロジェクトのすべて』の著者の一人伊藤徹郎氏

企業に求められること──データライフサイクルマネジメントの強化へ 

横山 ただ、法改正により、企業側は、何を目的にそのデータが欲しいのかをその都度丁寧に説明することになりました。利用規約が長くなり、ユーザーへ提示する回数も増えることで、許諾を得るやり取り自体が形骸化し、かえって読まれなくなってしまう恐れはあります。一度取得した個人情報を本来とは別の用途で使う場合には、その都度、ユーザーから許諾を得る必要があります。それを受け手の個人が面倒だと感じるのは当然のことなので、ここはデザイナーやエンジニアがUXで解決しなくてはならないポイントです。 

伊藤  個人が企業のリテラシーを高めることもできます。消してしまっても構わないアカウントがあるなら、その企業に「削除したいです」とか「削除できますか」と問い合わせるだけでも、「いま、ユーザーはこうしたことを気にしているんだな」と気づかせるきっかけになるからです。 

── 個人の意識が変化すると、企業は新たにどのような対策を取る必要がありますか。 

伊藤  前提として、3年に一度改正される個人情報保護法に反さないように、取り組みをアップデートしていく必要があります。でも、法律に反していなければいいというわけではありません。法改正よりも個人情報の扱いに対するユーザー意識の変化の方が早いので、たとえ合法であっても、倫理に反する使い方をすれば、結果としてブランドイメージを毀損してしまうこともあります。 

横山 そのデータは何のために集めるのですかと聞かれたら、しっかり説明して納得してもらえるような準備をしておかないといけないですね。 

伊藤 欧州で確立された“個人情報は人権”という考え方は、日本でも間違いなく広まっていきます。あと、“忘れられる権利”についても意識しておいた方がいいと思います。デジタル化が進んだことで、人なら忘れてしまうようなことも半永久的にデータとして残るようになりました。これについても、当事者が望めば削除するという方向に進んでいます。 

横山 そもそも、自社はユーザーのどんなデータを持っているんだっけという棚卸しも必要ですね。その際には、どのデータは残しておくべきで、どのデータは削除するべきで、どのデータは持ち主の申し出に応じて削除するのかなども整理しておくといいですね。 

伊藤 ユーザーから削除の要請があったらどうするのか、業務フローの整備は必須ですね。加えて、これからはどのような個人情報を取得“しない”のかというルール作りもしておくとよいです。それほど必要ではないのに、得られるものは得ておこうと集めて溜めておいた結果、それが流出してしまったら、相応の補償をしなければならないし、訴訟に発展する可能性もあります。そうしたリスクを考えたら、必要以上の情報は取得しないという選択もあるはずです。データを持ち続けるなら、個人情報を「東京都の20代男性」というように粒度を粗くして匿名加工情報にしたり、暗号化などで、他の情報と突き合わせない限り個人を特定できない仮名加工情報にしたりすることもできます。 

横山 だからこそ、データマネジメントの中でもデータライフサイクルマネジメントは注目されています。どのようなデータを取得して、どのような形で保持して、何を残して何を削除するのか、データの一生についての管理が必要なのです。 

伊藤 ISO (国際標準化機構)など外部機関の審査を活用して、自社の取り組みを適正に行うことも大事ですね。自社がデータライフサイクルを適切に管理できていることを第三者にチェックしてもらうわけです。ユーザーは利用しやすさや使い勝手に加えてそうしたものも手がかりに、使うサービスを選ぶからです。 

横山 そしてもちろん、データライフサイクルマネジメントができるような基盤を整えることも大事です。方針が決まっても、それを運用する体制やシステムが整っていないと、実行には移せませんから。実はいま、まさにこのテーマの書籍『データ基盤の処方箋』(仮)を伊藤さんと共同執筆しています。2021年冬に技術評論社から出版の予定です。データ整備に関心のある方に役立つ1冊にするので、ぜひ読んでいただきたいです。 

伊藤 企業の担当者だけでなく個人の方でも、自分の個人情報がどう扱われるのかに関心がある方には、面白く読んでもらえると思います。

『データマネジメントが30分でわかる本』の著者、横山翔氏

企業の課題と必要な対応 

── 今日お話しいただいたように、個人情報への個人の意識、企業への視線が変化しているなかで、企業が向き合うべき今後の課題を教えてください。 

伊藤 データの利活用とセキュリティはトレードオフの関係になってしまうことがあると思います。「データをみんなでどんどん使うぞ、売上を上げるぞ」という攻めの姿勢と「データは大事に守るぞ、安心と信頼を獲得するぞ」という守りの姿勢を、必ずしも100%/100%で両立できるとは限りません。だからこそ、自社ではどのようなデータをどのように使うのかというポリシーを設定することが重要です。 

横山 データライフサイクルマネジメントは、今後データを預かるすべての企業が取り組まなくてはならないものになっていきます。できるだけ早く、データを扱う社内の人が安心して使える仕組みを整えて、ユーザーに信頼されるサービスを提供できると素敵ですね。私たちも日々そのために試行錯誤しています。 

ダミー変数を活用して、重回帰分析をもっと柔軟に使いこなそう!

重回帰分析は数字などの量的データによって行うものですが、それ以外の事柄でも数字に変換し、分析に取り入れることができます。そのときに使われるのが「ダミー変数 」です。この手法をうまく活用することで、重回帰分析に取り入れる要素を広げることができます。

そこで今回は、ダミー変数の作り方や活用事例、実際に分析をするときの注意点について紹介します。

ダミー変数とは?:数値に変換できない情報を「0」と「1」で表す工夫

ダミー変数とは、数字ではないデータを数字に変換する手法のことです。具体的には、数字ではないデータを「0」と「1」だけの数列に変換します。

例えば、消費税増税が景気に与える影響を見るために、増税前の期間を「0」、増税後を「1」とすることで、増税によって引き起こされた変化を考慮することができるようになります。

ダミー変数の作り方:2つのケースに分けて解説

データの作り方は、実務的に言えば大きく2つに分かれます。二者択一の場合(ex.含まれる/含まれない)と、3つ以上から選ぶ場合(ex.曜日) です。

二者択一のダミー変数を作成する場合

どちらか一方を「0」、もう片方を「1」と変換してデータを作ります。

  • はい → 1、いいえ → 0
  • 含まれる → 1、含まれない → 0
  • 男 → 1、女 → 0

なお、ダミー変数にそれぞれ名前をつけておくと分かりやすいです。計量経済学の分野では「○○ダミー」という名前をよく使われています。

3つ以上から選択するダミー変数を作成する場合

この場合、含まれる要素の数に応じたダミー変数を作ることでデータに転換可能です。曜日をダミー変数にする場合であれば、

  • 月曜日ダミー : 月曜日を1、その他の曜日を0とした数列
  • 火曜日ダミー : 火曜日を1、その他の曜日を0とした数列
  • 以下、日曜日ダミーまで合計7通り作成

という手順で作成します。 同様に、別々に実施した3種類のキャンペーン(A/B/C)の実施期間による影響を見るのであれば、

  • キャンペーンAダミー:Aを行っている期間を1、それ以外を0とした数列
  • 以下、キャンペーンBダミー、キャンペーンCダミーも作成します

なお、実際に分析する際には、作成した複数種類のうち「含まれる要素の数から1つ少ない」ダミーを使用することになります。

(詳細は割愛しますが、全てを同時に使うと分析結果が極めて信頼できなくなります)

ダミー変数を活用した重回帰分析の応用例

ダミー変数は、作り方自体はとてもシンプルですが、工夫次第で様々な分析に活かすことができます。以下に、具体的な分析事例を交えてご紹介します。

事例1:居酒屋の「曜日×チラシ配布」の効果を分析する

先ほど登場した曜日のダミーを使うと、例えば「曜日」がどの程度影響があるのかを見ることができます。 居酒屋を例に、「お店の前でのチラシの配布枚数」がどれくらい「来店客数を増やす」ことに繋がるのかを知りたいと、考えたとします。

しかし、「金曜日」であれば居酒屋の客足は伸びますので、「金曜日」に「チラシを配った」場合に、チラシがどの程度効果を上げたのかはわかりません。

そのような場合に「金曜日」というダミー変数を用いて分析します。すなわち、お客さんが多いのは「金曜日」だからか、「チラシを配ったから」なのか、その両方なのか?を分析することになります。実際に分析をしてみた結果が以下の図です。

分析にはマーケティング・ミックス・モデリング分析サービスMAGELLAN(マゼラン)を利用しています。

ここからは、「チラシを1枚配布するとお客さんが0.06人増える」「休みの前日は25人増える」という相関関係が見て取れます。仮にこれを「チラシの配布枚数」だけで相関関係を分析した場合でも、「1枚配布すると0.07人増える」という関係が見えてきますが、分析の当てはまりが非常に悪くなっているのが見てとれます。

事例2:メルマガ配信の「時間帯」別コンバージョンを分析する

次に、「メルマガのコンバージョン率に影響する要因」の分析に「時間帯」を考える場合を考えてみます。 コンバージョン率も当然、多様な要素に影響を受けていますが、そのなかで、「夕方に送ると反応が良いのではないか?」という仮説を持ったとします。その場合に、送った時間も取り入れた分析を行うことができます。具体的には、9-12時ダミー/12-15時ダミー/15-18時ダミー、といった時間帯に分けたダミー変数を作成した分析を行います。 なお、上記のように3時間ごとで区切ったダミー変数が最適なのでしょうか? 実は、ダミー変数を活用した工夫のしどころはここにあります。機械的に3時間区切りをするのではなく、「出勤時間帯(8-9時)ダミー/昼休み(12-13時)ダミー/帰宅時間帯ダミー(19-20時)」の3つのダミー変数を設定した方がよりデータの動きを正確に表せる可能性もあります。このように、どのような現実の切り取り方をするか?はまさに分析者の「仮説力が試される」ところです。

事例3:「理由の分からない例外」を取り除く

最後に、「なぜだか分からないけど特殊な動きをしているところ」に後からダミー変数を作成する、という使い方ができます。

これははおそらく、実務的に最も使い勝手が良い方法ではないかと思います。 初めにある程度の仮説を持った分析をしていたこれまでの2つの事例と違い、現実には「なんでこういう動きをしているかさっぱり分からないデータ」が混ざり込んでいることが多くあります。

それはデータの取り方のミスかもしれないですし、滅多に起こらないことがたまたま起きた日なのかもしれません(台風が2回も直撃した週の売上が激減する、など)。原因はその時点では分かりません。

そこで、「例外」と判断される箇所にだけ「1」を設定したダミー変数を作成することで、その特殊性を分析の中に取り込むことができます。こうすることで、全体としての傾向と、何らかの局所的な例外、をひとつの分析のなかで同時に扱えるようになります。

ここでも具体例を示すと、8月の「アイスクリームの売上」が「最高気温」「降雨量」「通行人数」によって分析しているデータを考えてみたいと思います。

これを分析すると、なぜか分からないが8月27日は売上が悪く、8月16日~18日は売上が非常に伸びている、という関係が読み取れます。この2カ所の「例外」を取り除くと、分析の精度が非常に高くなり、今後に向けて売上の予測も高い精度でできるようになります。

まとめ:ダミー変数を使えば、重回帰分析の可能性が広がる

ダミー変数は、一見するとシンプルですが、使い方次第で分析の精度・洞察力が大きく変わります。

マーケティングのように「人の行動」や「環境の変化」に左右されやすい分野では、ダミー変数をうまく使いこなすことが、説得力のある分析と、納得感のある意思決定につながります。

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視聴率から広告効果を分析する前に:視聴率って信用できるの?

視聴率調査は、株式会社ビデオリサーチによって、関東世帯の900世帯に対して実施されています。調査対象世帯において、その番組が視聴されたかされていないか、正確に言うと、その番組が放送されているチャンネルが映っていたかいないかを調査しているわけですが、たった900世帯の調査で180万世帯のことなんてわかるんでしょうか? 結論から言うとそれなりに高い精度でわかります。

「それなりに高い精度」が何を意味するか、ピンと来ますでしょうか?

今回は視聴率をマーケティングやプロモーションの分析に使っている方向けに、視聴率という数字をどの程度信用してよいのか、理論的に説明していきます。

視聴率の正確性を、忙しい人のために結論から話すと

視聴率がどの程度正しいかを正確に表現しようとすると、

  • 調査世帯における某番組の視聴率が10.0%だったとして、
  • 全世帯における某番組の視聴率は、
  • 95%以上の確率で
  • 8.0% ~ 12.0% の間に収まる

というものになります。回りくどいですが、統計学的に正確な表現をするとこうなります。 全世帯を調査していない以上、どうしても真の視聴率との差は生まれてしまいます。視聴率調査においては

  • 真の視聴率と、調査世帯の視聴率の差を
  • 非常に高い確率(95%以上)で
  • 一定の範囲内に収める

ために必要な数の世帯を調査していて、それが900世帯だった、ということになります。

調査側の言い分:母集団と同じ特徴の標本集団を調査してるんだよ!

いきなり統計用語が出てきましたが、マーケッターであれば「母集団」という単語はよく耳にすると思いますし、使っている方も多いと思います。視聴率調査においては、調査地域の全世帯が母集団、調査対象の900世帯が標本集団ということになります。 関東地域には約180万世帯あるわけですから、180万世帯全てを調査対象にすれば正確な視聴率が算出できます。ただ、調査に莫大なコストがかかりますから、全世帯を調査するなどやっていられません。ですから、全世帯=母集団と同じような特徴を有しているであろう一部の世帯=標本集団を調査し、「同じような特徴を有してるんだから、標本集団の調査結果=母集団の調査結果だと言い張ろう」というのが視聴率を調査する側の主張です。

900世帯調査すると、どのくらい正確な視聴率だと言えるの?

どのくらい正確な視聴率なのか、という質問には答えづらいものがあります。なぜなら、標本集団の視聴率を調査することでわかるのは、

  • 真の視聴率(全世帯を調査したときの視聴率)は
  • 非常に高い確率で
  • 調査世帯の視聴率の
  • ±○%の中に収まります

ということだからです。つまり、真の視聴率と調査世帯の視聴率はイコールにならないよ(誤差が出るよ)。だから、その誤差を小さくするよ。まれにその誤差が大きくなる可能性はあるけれど、95%以上の確率で、すごく小さな誤差に留めるよ!ということです。

どのくらいの誤差が生じうるの?

視聴率の誤差がどの程度かは、ビデオリサーチのHPに記載があります。自ら誤差があることを説明してるなんて、真面目ですね。視聴率をご覧いただくときの注意事項 | 週間高世帯視聴率番組10リンク先を見ていただけるとわかりますが、調査世帯の視聴率毎に誤差の大きさが変わっています。900世帯調査だったらこれくらいの誤差、1,200世帯の調査だったらこれくらいの誤差、という具合であればいいのですが、そうは問屋がおろしません。これは、誤差がどの程度生じうるか、という計算式の中に、世帯視聴率が入っているからしょうがないんですね。 900世帯調査において、一番誤差が大きくなりやすいのは、視聴率40~60%みたいですね。±3.3%です。ところで「半沢直樹」の最終回の視聴率は、42.2%と公表されています。あのドラマは2013年放送ですが、900世帯調査が始まった2016年以降に放送されていれば、その真の視聴率は、95%以上の確率で、42.2%±3.3%=38.9%~45.5%の中に収まります。

もっと精度を高めたいならどれくらいの世帯を追加調査すればいい?

95%の確率でプラスマイナスの誤差3.3%なんて嫌だ!もっと精度を高めて欲しい!というあなたのために、じゃぁ何世帯調べればいいのよ、ということについて考えていきたいと思います。 最終的に知りたいのは、何世帯調べればいいか、ですから、この調査世帯数をnと置きます。 精度を高められるのは「aの確率で」「±bの誤差」という2つですね。確率と誤差の範囲です。それぞれ、aとbと置きます。

例えば、n=900であれば、a=0.95で±0.033の誤差がでるよ、という感じですね。 統計学について本気で学びたい人は初級の本を読んでもらうとして、ここでは結論だけ紹介します。 aに関して、統計学では0.95か0.99という数値がよく使われます。慣習のようなものですが、今回はこれを採用します。誤差がある範囲内に収まる確率は95%か99%のどちらかから選んでね、ということです。 では、待望の計算式ですが、もう何も考えずに下記の式に代入してください。95%の確率であれば1.96、99%の確率であれば2.58のどちらかを選んでください。

もし、調査世帯視聴率20%の番組の真の視聴率を、99%の確率で、±1%の誤差の範囲内に留めたいのであれば、下記の計算式を解くことになりまして、必要な調査世帯数は10,651世帯です。めちゃくちゃ増えましたね、めちゃくちゃ大変ですね!

まとめ

視聴率を使って広告の効果測定をするマーケッターはそれなりに多いと思いますが、視聴率にはそれなりに誤差が生じることを念頭に置いて分析に取り掛かる方がよいと思います。

ご自身が何か調査をするときも、この考え方は使えますので、応用して「どれくらいの精度にしたいのか」から逆算して、調査する標本数を決めるのも良いと思います。

データサイエンスを活かすなら「データサイエンス」を学ぶな

データサイエンスの重要性はよくわかっていて、業務にも取り入れ始めている。しかし、なかなか成果につながらない──そんな悩みを抱える企業、マーケターは少なくない。

その原因の多くは、データサイエンスの目的や課題を適切に設定できていないことにある。それゆえに、適切なデータを適切な方法で分析できず、せっかくのデータ分析が実は無駄になっている可能性が高いのだ。

今回お話を伺ったのは、統計学・行動経済学・マーケティングの専門家で、国内トップレベルのデータサイエンティストとしても知られる、慶應義塾大学の星野崇宏教授。星野教授は、「ビジネスの現場で使えるデータサイエンスを身につけるには、まず経済学・経営学・マーケティングサイエンスといった『ビジネスサイエンス』を理解することが不可欠」と話す。

POINT

  • データサイエンスを活用できない理由は「ビジネスサイエンス」の圧倒的な理解不足
  • ビジネスの現場で使えるデータサイエンスは、“成果を得るためにどんな意思決定をすべきか”から逆算して行われる
  • マーケターがデータを正しく解釈するためには、留意すべきバイアスを知ることが重要
  • データサイエンス教育が日本企業の生産性を高める
  • データサイエンスが普及した先に目指すのは「個」が活かせる社会
慶應義塾大学経済学部教授 星野崇宏氏
慶應義塾大学経済学部 教授
星野 崇宏(ほしの・たかひろ)

2004年3月、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。博士(経済学)。情報・システム研究機構統計数理研究所、名古屋大学大学院経済学研究科などを経て、慶應義塾大学経済学部教授。シカゴ大学客員研究員、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院客員研究員などを歴任。行動経済学会副会長。マーケティング・サイエンス学会理事。理化学研究所 AIPセンターにおいてAIを経済経営分野に活用するチームのチームリーダーを兼務。2017年、45歳未満の研究者に政府が授与する最も権威のある賞、日本学術振興会賞を受賞。ほかに日本統計学会研究業績賞など受賞多数。内閣官房や総務省、経産省、文科省の委員として政府のエビデンスに基づく政策意思決定の整備に関わるとともに、サイバーエージェント、マネーフォワード、ヤフー研究所などの技術顧問として学術的な技術提供を行う。さらに数多くの企業にマーケティングや人的リソース配分などの実務のコンサルティングを行い、2020年には経済学の学知に基づくコンサルティングを提供するエコノミクスデザイン社を坂井豊貴慶大教授や安田洋祐阪大准教授らと創業。

まず学ぶべきは「ビジネスサイエンス」

── 星野先生が「データサイエンス」の道に進まれたきっかけはどんなことだったのでしょうか。

人々が「どのように意思決定を行っているのか」、そして「どのように意思決定を行うべきなのか」に強い関心がありました。

前者には心理学や行動経済学、後者には経済学や統計学、機械学習などが深く関わります。実は国内外に「データサイエンス」という学問分野はなく、私はこうした分野を横断して研究を進めてきました。

初めのうちは「個人」の意思決定に関心があったのですが、研究を進めるうちに、企業をはじめとする「組織」の意思決定への関心が高まっていきました。企業との共同研究の機会に多く恵まれたことも「組織」への意識を強める要因の一つになったと思います。

意思決定の主体は、政府、自治体、企業、個人と実に幅広いです。私は政府や自治体のEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング:証拠に基づく政策立案)にも携わりたいと思っていたので、フィールドを限定することなく意思決定について研究できる場を求め、研究者の道に進みました。

慶應義塾大学経済学部教授 星野崇宏氏

── 意思決定の手段の一つとして「データサイエンス」に注目する企業が増えています。しかし実際のビジネスの現場では、上手く活用できていないケースが多いようです。その原因についてどうお考えですか。

マネジメント側(経営者やマーケター)とデータサイエンティスト側、ともに「ビジネスサイエンス(本稿では、経済学・経営学・マーケティングサイエンスなど、ビジネスに深く関わる学問を指す)」の理解が圧倒的に足りないことが、データサイエンスがうまくいかない大きな原因だと考えます。つまり、データがどうこう以前の話なのです。

企業価値を高める・利益を上げるといった成果を得るために「どんな意思決定をすべきか」「何を最適化すべきか」──ビジネスサイエンスは、これを考える基盤となる学問で、ビジネスの現場に活かせる知見の宝庫です。海外では長年にわたって蓄積された膨大な研究成果があり、企業経営に積極的に活用されていますが、国内ではほぼ活かされていないのが現状です。

マネジメントがビジネスサイエンスの知見を活用できていないと、ビジネスの全体像を踏まえた目的・課題設定、施策の立案ができません。あらゆる施策が場当たり的になり、一向に成果につながらない状況に陥る可能性が高くなります。

このことは組織や戦略にも言えますが、ここではデータサイエンスが最適化しようとするKPIに限定して話をしたいと思います。

企業たるもの、スコープが短期か長期か、株主のためか従業員をより重視するか、社会への利益還元かの重みは企業ごとに違うにせよ、本来は(企業活動に関わる)ステークスホルダーの利益を最大化するべきものです。

利益の創出という観点で自社の課題を特定し、ブレイクダウンして具体的な施策に落とし込み、施策ごとにKPIを設定する。そのKPIの達成を通じて、利益の最適化を実現していく。これが本来あるべき姿なのに、多くの企業では “どこかの誰かが重要と言っていた”個別KPIの部門ごとの個別最適化がマネジメントによって放置され、利益最大化という最終目標の下でのコントロールができていません。結果として、いくらKPIを部分最適化する高度な分析を行っても、工数とコストばかりかかり利益が出ないという残念な結果になっています。

KPIはあくまで施策のモニタリングのマイルストーンでしかありません。もちろん個別のビジネスには依存するものの、原則としてどんな施策がどのように利益に貢献するかはビジネスサイエンスの膨大な知見が教えてくれます。まずはビジネスサイエンスの巨人の肩に乗るべきです。

一方のデータサイエンティスト側も、経済学・経営学・マーケティングサイエンスなどビジネスサイエンスの基礎すら学んでいない人が大多数と言わざるを得ません。

ビジネス上の成果を得るために必要な意思決定が何か。データ分析を行った結果としてどのような施策を行うことができるのか。さらにビジネスの全体像が理解できていないために、データ分析としては非常に高度なことをやっていても、ビジネスに資するアウトプットは生み出せていないケースをよく見聞きします。

慶應義塾大学経済学部教授 星野崇宏氏

「ビジネスの現場で使えるデータサイエンス」とは

── 星野先生は「ビジネスの現場で使えるデータサイエンス」の重要性を提唱されていますね。

「ビジネスの現場で使えるデータサイエンス」とは、“成果を得るためにどんな意思決定をすべきか”から逆算して行われるデータサイエンスを指します。日本企業のビジネスの現場でデータサイエンスが上手くいっていない原因の裏返しですね。

膨大な先行知見のあるビジネスサイエンスの巨人の肩に乗り、正しい意思決定方法の定石を利用し、「何をどのような手段で最適化すべきか」という課題設定を適切に行うことが「使えるデータサイエンス」の第一歩であり、最も重要なポイントです。

データについて考えるのは、その次の段階です。設定した課題を解決するためにはどんなデータが必要か、企業の打ち手に紐づく形でどんな分析が適切かを考える。データサイエンスは、あくまで正しい意思決定をするための手段なのです。

マーケターが自らデータサイエンスの具体的な方法論を身につける必要はなく、むしろ専門家に任せたほうがいいのではないかと思います。それよりも、ビジネスサイエンスの考え方、定石を理解することのほうがずっと重要です。

慶應義塾大学経済学部教授 星野崇宏氏

── マーケターがデータサイエンスを身につけるなら、まず何から始めればいいでしょうか。

繰り返しになりますが、まずはビジネスサイエンスを学び、正しい意思決定と課題設定の方法を理解することが重要です。

それにもう一つ加えるとすれば、データを正しく解釈するために留意すべきバイアスを知ることが挙げられると思います。

入手できるデータには、実はさまざまなバイアスがかかっています。そのバイアスを考慮せず、目の前のデータだけを見て意思決定をすると問題が生じます。

たとえば消費財のテレビCMは、ビールなら夏、携帯電話なら春先といった具合に、売上が上がりそうな時期に大量に出稿するのが基本的な方針です。CM出稿量と売上を単純に並べると「テレビCMは売上に大きく貢献しており、ほかの広告は不要」なように見えるのですが、そもそも売上が上がりそうな時期に出稿しているので売上が上がるのは当然です。

こういった広告出稿のメカニズムを除去して考えたうえでも、もちろんテレビCMの効果は一定以上ありますが、単純な見た目ほどではなく、やはりテレビCM以外の様々なメディアを組み合わせる必要があることが分かります。売上に影響を与えると思っていた要因は実は他の要因によって決まっていた、という内生性バイアスや、売上の高い時期に出稿されていたから出稿量と売上の関係が見えてしまう、という逆因果などはビジネスサイエンスを学べば叩き込まれる概念です。

目の前のデータを鵜呑みにせず、どのようなバイアスがかかっているかを正しく把握し、実行しようとしている分析が誤った結論を導き出す危険がないかを冷静に見極めることが重要です。

慶應義塾大学経済学部教授 星野崇宏氏

より良い意思決定が「個」を活かす社会をつくる

── 星野先生は、データサイエンスそのものの研究だけでなく、データサイエンス人材の育成にも力を入れていらっしゃいます。

企業との共同研究や顧問としてのコンサルティングを進めるなかで、先ほどお話ししたように「“どこかの誰かが重要と言っていたKPI”にとらわれて部分最適に終始している」状況を何度も目の当たりにしました。それをもどかしく思い、「日本企業の生産性を高めたい」という気持ちが次第に高まっていったことが、私が「使えるデータサイエンス」を提唱するに至ったきっかけです。

日本企業の生産性を高める上で、長期的な視点で重要なのが、ビジネスサイエンスも含めたデータサイエンス教育だと考えています。私一人でできることには限界がありますから、データサイエンスの知見・スキルを持つ学生を育ててビジネス現場に送り込み、それぞれデータ活用に取り組んでもらおうというわけです。

海外のビジネススクールは、研究者と実務家が共同研究を行う枠組みが整備されていますが、日本にはそういう場が非常に少ないのが現状です。アカデミアで十分に研究・実証されたビジネスに活かせる学知がたくさんあるにも関わらず、ほとんど活用されていないのは、そういった教育現場の課題が一因となっています。「学知はビジネスの現場では使えない」と思い込んでいる実務家も多く、非常にもったいないと思っています。

アカデミアにしても、それをやることが直接的な利益につながるわけではないので、つい“居心地の良い”アカデミアの領域に閉じこもってしまう傾向があります。私としては、今後もアカデミアと実務の融合を図り、ビジネスに学知を活かす機会と人材を増やしていきたいと考えています。

慶應義塾大学経済学部教授 星野崇宏氏

── データサイエンス人材が増え、データサイエンスが普及した先に、星野先生はどのような未来を思い描いていらっしゃいますか。

大きなゴールは、「個」が活かせる社会をつくることです。

一人ひとりの能力や感性、情熱を最大限に活かして、本質的な価値を創造する社会。それは、社会の生産性が高く、余裕がある状態でなければ実現できません。 そして生産性を高めるには、政府・自治体・企業・個人といったすべての主体の意思決定の質を高めていく必要があるのです。しがらみや慣習にとらわれず、サイエンスとデータに基づいて意思決定をするための環境(組織・人材・制度・文化)を整えていかなければなりません。

この20年、「生産性向上」の手段として、単純にやりやすいコストカットばかりが偏重されてきました。しかし先進諸国が行っている価値創造ができず、所得が相対的に下がり、日本の社会全体に余裕がなくなってしまったように思います。

ビジネスサイエンスとデータを用いた意思決定によって生産性を高め、人々が「個」を活かした本質的な価値創造に力を注ぐことができ、その価値が評価される社会をつくる。データサイエンスの社会実装を着実に進めていくべく、今後も取り組んでいきます。

慶應義塾大学経済学部教授 星野崇宏氏

[インタビュー・文]齋藤千明
[撮影]小池大介
[企画・編集]川畑夕子(XICA)